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地震
阪神淡路大震災の数十倍の威力をもった東北地方大地震。

亡くなった方がた。ご冥福をお祈り申し上げます。


いま自分たちにできることは何か。行動するとき。



3月11日、金曜日。

午後3時前、相手方に電話していた。
え、また地震?ってふと思いながら話していたら、段々横揺れが強くなり、古いビルがぎしぎしいいはじめた。
命の危険を感じて、電話を切り机の下に潜り込む。物が倒れ、机の上の書類が落ちていった。すべてがスローモーション。

たぶん数十秒。揺れがおさまらない。
一人、先輩が泣いていたらしい。気がつかなかった。



その後、しばらく誰も仕事が手につかないようだった。
阪神淡路大震災のとき、大阪の自宅(当時マンション5階)で見た家がめちゃくちゃになっていった様子、テレビの映像がフラッシュバックしつつ…震える手で仕事を続けていた。


問い合わせが一気に減った。

午後4時。依然余震が何度も。上司の指示で全員私服に着替える。

電話が繋がらなくなる。

午後5時。早めの帰り支度。


外は既に人だらけ。

JR、私鉄がストップ。
タクシー、バスに大行列。
帰れない。


1日分の食糧を買いに皆で出かけた。
パン、カップ麺、お菓子など。。


午後7時。本を買いに行くついでに外の様子を見に行く。


さらに人、人、人だらけ。皆が同じ方向へ歩いていく。

ちなみに、コンビニはパン、おにぎり、弁当売り切れ。

同じビルの他フロアのとある会社は、1フロアに130人(私たちのフロア25人に対して)もいるため強制的に帰らされたらしい。。


夜中になっても揺れは続く。ダンボールを敷いて、各自床で寝た。

寝ている間も緊急地震速報→揺れ。寝た気がしない。

でも。帰宅難民といえど、寝床も食糧もある私たちはめちゃくちゃ恵まれていた。


一夜明けて。交通機関が復旧してすぐに帰宅。エレベーターが止まっており、久しぶりに階段を上った。


2日間に渡り西の方面、家族や友人からメールや電話を何件かもらう。

こっちの友人とも連絡。無事を確認した。


携帯もメールもつながらなかったり遅かったり。
mixiがあってよかった。。

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みみ

Author:みみ
引っ越してもうすぐ3年目突入。
毎日毎日職場のイライラと戦い、平凡な休みに退屈気味。
関東の暮らしにも満員電車にも慣れてきました。
そろそろ関西に戻りたいとホームシック状態。

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